アメリカの著名ファッション写真家、ビル・カニンガム氏が脳卒中のため2016年6月25日、87歳で死去しました。カニンガム氏の写真を長年掲載してきたニューヨーク・タイムズ紙は「ファッション写真を、文化人類学の資料領域に引き上げたビル・カニンガム氏が死去した」と伝えています。

撮影スタジオは「NYのストリート」

カニンガム氏は2008年、フランス政府から最高勲章であるレジオンドヌール勲章を授与され、2009年には「現存するニューヨーク市の象徴」として市から公式に認定されました。そして、2010年には自身の半生がドキュメンタリー映画化されるなど、高い評価を受けていました。しかし、彼は著名なモデルの撮影を手掛けていた訳ではありません。

カニンガム氏はお決まりの青いジャケットを着こみ、いつも自転車でニューヨーク市内を走り回っていました。中でも、57丁目と5番街に映る風景を好み、毎年6月に行なわれている「プエルトリカンデーパレード」や、「ゲイプライドパレード」を必ず撮影していました。
ニューヨークのストリートで繰り広げられる人々の営みにカメラを向けるのが、カニンガム氏の持ち味であり、その手法が人々に鮮烈な印象を与え、高い評価を得たのです。

富裕層の女性が落書きだらけの地下鉄を利用している様子を映し出したこの写真、ニューヨークの経済的な格差を垣間見ることができる1枚です。

アメリカの女性誌バスルは、「70年代の『ストリートスタイル』という言葉が誕生する前から、カニンガム氏はストリートで写真を撮っていた。最も印象的な写真の数々をニューヨークで撮影した写真家の1人だ」と評しています。

カニンガム氏自信も生前、「最も素晴らしいファッションショーが行なわれている場はストリートだ」と語っていました。

「ビル・カニンガム交差点」が誕生

生前、自身が注目の的になるのを好まなかったカニンガム氏ですが、オンライン著名収集サイトChange.orgで彼の死後、「57丁目と5番街の交差点を、『ビル・カニンガム交差点』に改名しよう」という著名運動が立ち上がり6,000人以上が著名。その結果、ニューヨーク市は暫定的にこの交差点をビル・カニンガム交差点に改名すると発表しました。

ストリートにレンズを向けてきたカニンガム氏は、ストリートの人々から愛され、これからもニューヨークの多くの人々の記憶に残っていくでしょう。

<参考記事>
ビル・カニンガム氏の訃報を伝える記事

57丁目と5番街を撮影してきたカニンガム氏

バスル誌の記事

ビル・カニンガム交差点の誕生