1月3日、サウジアラビア政府は、イランと国交を断絶することを発表しました。この国交断絶までの経緯と背景に関して、アメリカのニュース解説メディアVoxなどが報じています。

国交断絶発表までの経緯

Secretary Kerry Walks With Saudi Arabia Foreign Minister al-Faisal En Route to Meeting With King Salman in RiyadhPhoto By U.S. Department of State via Flickr

3日、イランの首都テヘランのサウジアラビア大使館前では、サウジアラビア政府に対する抗議活動が行われていました。この抗議活動の前日、サウジアラビア国王は「テロ活動に関わった47人の死刑執行を一斉に行ったことを発表。その中には、イランとの関係が深い、サウジアラビア人のシーア派の聖職者だったニムル・バキル・アル・ニムル師が含まれていました。

ニムル師への死刑執行に反発したイランの人々が、テヘランのサウジアラビア大使館前で抗議活動を実施していたのです。

この抗議活動の影響で、サウジアラビア大使館に危害が及んだため、サウジアラビア政府はイラン政府に対し大使館の警護を要請しますが、イラン政府はサウジアラビア側の訴えを拒否したとされています。

イラン政府の対応に怒ったサウジアラビアは同日中に、イランとの国交断絶を発表。「サウジアラビアとイラン間での経済活動、渡航、外交的な活動などを禁止する」と述べた上で、イランで活動しているサウジアラビアの外交官にも帰国命令が出されました。

サウジアラビア政府が処刑したニムル師とは?

今回の国交断絶はサウジアラビアによるニムル師の処刑が引き金となっています。

イスラム教では、シーア派とスンニ派が二大宗派となっていますが、サウジアラビアではスンニ派が多数派を占め、政府もスンニ派で構成されていました。一方、シーア派の信者は、サウジアラビアでは全人口の15%程度に留まっており、少数派となっていました。

サウジアラビアでは少数派のシーア派の聖職者だったニムル師ですが、彼の場合は、聖職者としての活動よりも、サウジアラビア政府への批判的な言動をおこなう反体制派としての活動の方が有名でした。同氏は、サウジアラビアと対立するイラン(シーア派が多数)とも接触し、「シーア派を保護してくれるのであれば、サウジアラビアへの軍事行動を支持することもできる」と伝えていました。

2012年にサウジアラビア政府は、政府への抗議活動を主導していたニムル師を逮捕した上で、2014年には死刑を言い渡していました。そして今回、死刑の執行に至ったのです。

イラク戦争やアラブの春で悪化していた両国の関係

Επίσκεψη Υπουργού Εξωτερικών Ν. Κοτζιά στο Ιράν (Τεχεράνη, 29-30.11.2015)Photo By Υπουργείο Εξωτερικών via Flickr

ニムル師への処刑だけをみると、宗派のみで両国が対立しているように見えますが、ここ十数年の中東情勢の変化が、両国の関係に影響を与えていました。

その一つが、2003年のイラク戦争によるフセイン政権の崩壊です。元々、イラクではシーア派が多数派でしたが、スンニ派のフセインが長年大統領を務めることで、イラクでの宗教的なバランスを保っていた面がありました。この微妙なバランス関係もあり、中東では宗派の対立も今ほど深刻ではありませんでした。

しかし、イラク戦争でフセイン政権が崩壊したことで、イラクでは権力の空洞化が起き、シーア派の大国であるイランと、スンニ派の大国であるサウジアラビアは、イラクでの主導権を巡り対立を深めていきます。

その対立に拍車をかけたのが「アラブの春」です。

「アラブの春」の混乱に乗じて、イエメンなどでの主導権を巡りサウジアラビアとイランは激しく対立し、それがサウジアラビアによるイエメンへの空爆を引き起こす要因にもなりました。また、シリア・アサド政権への対応を巡っても両国の対立は深まっています。

両国の対立は宗派の違いによるものではありますが、変化する中東情勢の中で、主導権争いが激化しているという側面も大きいのです。

Voxは、「両国の国交断絶によって、シリアの和平交渉やイスラム国の掃討作戦が遅れ、中東での過激主義の影響力が益々大きくなる可能性がある」と伝えています。

参考記事
http://www.vox.com/2016/1/4/10708682/sunni-shia-iran-saudi-arabia-war